02:いつもと違う、いつもの道(インパ)
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    今回はまた一人称で話が進みます。
    彼女もまた、世知辛い現代社会で生きています。
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    ああ、もう一年が終わるんだな。

    帰宅ラッシュで混み合った電車の中でふと気づく。
    ドアの窓から見えたビルの上の看板には、綺麗に着飾った女性がその滑らかな肌に輝く宝石を乗せて微笑んでいた。
    女性を包むように光り輝く雪の演出と宝石ブランド名とは違う文字がクリスマスであることを主張している。

    クリスマス、…ね。

    特に思うところもなく、独りごちた。
    いや、そうでもないな、思うところはあった。

    今年のクリスマス、つまり12月25日には予定があった。
    派遣先との契約が切れる日という、とっても色気のないシンプルな予定だ。
    世の中の女性はクリスマスの予定に心を弾ませているというのに、私はそんな自分の予定に対して心弾むわけがない。
    今、出向していた派遣先は正直言ってとてもよい環境だった。
    正社員と派遣社員を差別することもなく、意見があればそれを聞く機会を与えてくれる、そんな稀有な会社だった。
    すでに二度ほど契約更新をしてきたが、今度は更新というわけにはいかなかったようだ。

    こればかりは仕方ない。
    どうしようもない。

    残念ではあったが、それ以上考えることはなかった。
    次の派遣先の話も出ているし、そこまで深く考えなくてよいことなのだ。
    次は作家の先生のアシスタントということが決まっている。
    先方からの希望があっての紹介だった。

    再びスマートフォンの画面に目を戻す。
    電車の中で目を通すのはきまってニュースアプリだ。
    政治、経済、スポーツ、エンタメや雑学まで、あらゆる職種の人々に重宝されるであろうラインナップで情報を届けてくれる。
    私は仕事にかかわる主な情報をここで入手している。

    文字と数字の羅列の中、ちらっと視界に入る広告に目を奪われる。
    二人の青年が笑顔でプレゼントボックスを差し出している写真だった。
    緑と赤を基調とした華やかな衣装は、まさにクリスマスといったところか。
    きらめく光の演出と金に縁どられた衣装が眩しいが、青年たちの笑顔もまた眩しい。

    この広告は別サイトやアプリ宣伝ではなく、このニュースアプリ内の別のニュースジャンルへと繋がっている。
    普段ならタップすることはないが、なぜか衝動的にタップしてしまった。
    少しの待機時間のあと画面が切り替わり、その青年たちのニュース記事へと移った。

    『新星アイドルデュオ、サンタになります!』

    その大きな見出しの意味がまったくわからず、目が点となる。
    思わずつられて、下のニュース記事本文を追いかけてしまう。

    『11月28日、都内某所にて老舗玩具メーカー『トイズボックス』の新作CM発表会が行われた。新作CMのキャラクターには今年デビューして話題になっているアイドルデュオ『アレグロ』が起用された。』

    『アレグロ』?
    そういえば、そんな名前をどこかで見た気がする。
    どこだっただろうか…?

    私は元々エンタメ業界に興味がなく、最近流行りの俳優女優すらも思い浮かばない人種だ。
    その名前に心当たりがあっただけでも褒めてやりたい。
    思い出そうと視線を上にずらすと車内広告が目に入る。
    そこには週刊誌の見出しが面白おかしく並んでいるだけで、私の探している四文字はそこに存在しなかった。
    まぁいいか、と続きを読むことにした。

    『新作CMの内容は、クリスマスのプレゼントを楽しみにしている子どもたちの元に二人組のサンタクロースがやってくるという至ってシンプルなものだが、ストーリーは2パターンが作られており、それがランダムで放映される。』

    CMにストーリー性を持たせたものはとても多く、視聴者の共感も得やすい。
    今も昔もポピュラーな手法だ。
    記事の途中に動画が貼られているので再生するようタップする。
    音声は出ないよう設定してあるし、特に問題はないだろう。
    その動画が再生されると、始まったのはそのCM発表会の様子だった。
    新作CMが流れるものだと思っていた私はとてもがっかりした。

    再生画面には記者たちのカメラが放つフラッシュが絶え間なく映り込み、その光に囲まれるようにして二人の青年が笑顔で立っていた。
    その二人の隣に発表会の司会者であろうスーツの男性がマイクを二人に向け、何かを聞いている。
    インタビューだろう。
    だがしかし、私のスマホの設定は音声再生を許可していないので画面の誰もが口をぱくぱくさせているだけだ。

    緑を主体とした衣装に身を包んでいるのは金の短髪と海のように深い蒼の瞳を持つ青年だった。
    いくつだろうか、隣に立つ青年よりは年上に見える。
    対する、隣の青年は青みがかった銀髪と葡萄酒のような紫の瞳を持っていた。
    彼は赤を主体とした衣装に身を包んでいる。

    記事の続きに彼らの言葉があった。

    『「ぼくたちが憧れたサンタクロースの姿をたくさんの子どもたちに見てもらえたら幸いです。こんなサンタクロースに会いたいって毎年思っていました」と緑の衣装を身に着けたリンクさんは笑顔で語った。』

    あ、緑の衣装で金髪の子がリンクっていうのか。

    『リンクさんの隣で「みんなの中にあるサンタクロースは色んな姿をしていると思いますが、その中の一人にぼくを加えてくれたら嬉しいです」とダークさんは微笑みながら語った。そのコメントを聞いたリンクさんは彼の赤い帽子をつまみながら「いやいや、ぼく、じゃなくて、ぼくたち、ね」とツッコむ場面も見られた。』

    で、こっちの赤い衣装の銀髪の子がダーク、ね。

    『このCMは12月1日より放映され、―――』

    特に面白いことなどないのだが、気になってしまった。
    この二人がかっこいいとかかわいいとか、思わなかったわけではない。
    無声となった動画の中でころころ表情を変えるリンクと、比較的穏やかではあるが天然要素のある発言をしているであろうダークがアイドルというよりは漫才コンビのように思えてきて気になってしまったのだ。

    彼らの声が、聞いてみたい。
    どんな声で話しているのだろうか。

    『CMの主題歌には『アレグロ』のサードシングル『snowcandy』が使われる。』

    そんなことを考えていたところ、ニュースの記事の最後はCMの主題歌の情報で締めくくられていた。
    アイドルデュオという記載のとおり、二人は歌手のようだ。

    今日帰宅したら彼らの曲を視聴してみようか。
    いや、この動画の音声を聞いてみようか。

    などと考えているうちに、電車が自宅の最寄り駅に近づきブレーキをかける。
    車内でひしめき合っていた客もいつの間にか減っていて、車内を出口へと移動するのはそんなに難しくなくなっていた。

    プシュ、とゆるい音と共にドアが開き、私は駅のホームへと降り立つ。
    息が白い。冬の気配が立ち込めている。
    いつもなら何も考えずに通る改札も少し違う。

    自宅に帰ってスマホの音量を上げて彼らの音声を聞いてみよう。

    そんな楽しみが一つあるだけで、帰路の足取りは変わるものだ。
    エンタメに興味のない自分が珍しく興味を引かれた二人組である。
    このきっかけを大切にしたい。

    パンプスのヒールがアスファルトで高らかに鳴った。
    期待に胸を躍らせる自分の気持ちを代弁したようだった。
    posted by: srnsmk | zld (現代) | 18:40 | - | - |